朝ドラ女優で当時大人気だった高橋洋子さんが26年ぶりにテレビに出演するようです。
1991年の火曜サスペンス劇場への出演を最期にぱったりテレビに出てこなくなりましたが、現在はあの職業として活動をしているみたいです。
26年もたった現在でなぜテレビに出演をすることを決めたのかそこについても調べてみました。
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1973年のNHK朝の連続テレビ小説「北の家族」に出演をして一躍脚光を浴びていた高橋洋子さんが、1991年以降出演をしていなかったテレビ番組への出演をします。
現在は小説家として本を書く傍ら、講演会などを行って生活をしていたそうです。
高橋洋子さんは女優業と並行して小説家としても活動をしていて、1983年には高橋洋子さん自身が書いた「雨が好き」という作品を自ら監督、脚本、主演を行い映画化をするまでしています。
高橋洋子さんが作家の活動を始めた理由は、女優業をやっていくなかで、自分がやっている役と理想の役にズレが生じてしまい、そこから女優として活動していてよいのかという葛藤があったようです。
才能がある女優だっただけに人一倍自分にきびしかったんではないでしょうか。
ただ、自分には女優しかないと決め込まずに違うことにチャレンジしようと思ったところが、昔の高橋洋子さんの強みでもあって現在があるのだと思います。
作家としての実績はというと、
これまで11作の作品を執筆してきています。25年以上活動していて少ないと思うかもしれませんが、本が出ていないだけで実際にはもっと書いているでしょう。
その中でも1982年に出版された「通りゃんせ」という作品は芥川賞の候補にまで選ばれたようですが、惜しくも選ばれることはなかったようです。
1982年の芥川賞は受賞作品なしとなっているために、候補どまりだったとしてもすごい功績だと思います。
女優としての活動もそうですが、作家としての高橋洋子さんの活動は自分の身を削って、自分を追い込んでいるようです。
以前、「自分の身を削って、自分をいじめ抜かなければ作品は生まれない」というコメントを残していたことがあります。
時間をかけてでも、自分を追い込んででも納得がいく作品を書き上げたい、作りたいという心の現れなんでしょうね。
実際に最新作を出すまでに13年もの年月をかけているので、作家として女優業のときと同じかそれ以上にチカラを入れているんでしょうね。
さて、そんな高橋洋子さんが現在になってなぜ26年以上ぶりにテレビ番組にでてきたのでしょうか?
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1991年のドラマ出演を最期に高橋洋子さんは女優業から引退をしたといってもよい状態になっていました。
事実それ以降は1番組とも出演の履歴がありません。映画に至っては1988年の「パイレーツによろしく」という作品が最期の出演です。
それから29年経った2017年の現在、なんと映画に出演が決まっているのです。
しかも、主演女優としての女優復帰です。
29年ぶりの出演作品は「八重子のハミング」という作品で、アルツハイマーになってしまった妻を演じるようです。
映画への出演を機に女優としての活動を再開するために、テレビへの出演を決めたということでしょうね。
NHKの朝ドラに出演をするほどの実力を持っている方ですが、さすがに30年近くのブランクがあり、演技はどうなの?と思う部分がありますが、無事に公開されるということはそのへんもしっかりクリアされたということなんでしょうね。
女優への本格復帰を決めた理由はこの作品への出演だったようで、「女優への意欲が湧いた」と話していました。
今から26~29年前の女優なだけに、現在の時代の人達からすれば父親、母親世代の女優になるのかと思います。
ブランクが長いとはいえど一世を気づいた女優です。年を取ったにしても演技に関しては勉強になることはあるはずです。
小説家として女優としての活動を経た高橋洋子さんを俳優、女優を目指している人は一度見てみるのはアリかもしれませんね。
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